あ.い.さ.つ.blog

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【黄色い問題】後編

AIと人間がタッグを組んで、課題を解決したことで、レイとキムを含むプロジェクトチームは大きな評価を受けた。AIが最大限に能力を発揮できるようにルールを変え、結果的に自動運転の安心感は新しい次元に上がった。

しかしながら大きな成功の裏返しとして、日本という国の国際的な位置づけは、先進国の底辺まで落ちていた。AIと人間がタッグを組んでいると思っているのは人間だけで、実際のところは何をするにもAI頼みになってしまっていた。AIのデータを慎重に分析して、最終判断を考えているうちに諸外国に追い抜かれてしまう。このような現象が続き、旧先進国というおかしな日本語も生まれてしまった。レイが見る限り、AI頼みの大臣が何人揃っても、有事に対抗することができるとは思えなかった。

「日本って歴史上、先制攻撃らしい先制攻撃を受けたことって、あまりないらしいね?」

レイは、独り言のようにキムに聞いてみた。

「確かに。日本軍が暴走することや、開戦しなければならない状況に追い込まれることはあったとしても、先制攻撃されたっていう歴史は聞いたことがないな。急にどうしたの?」

キムは「なんでそんなこと気にしているんだ」と言わんばかりに、あっさり肯定して返した。外交や国際会議の場でも、日本はAIを駆使しながら対応している。その場の結論としては無難に収まる。国民もAIが導く政策に安心しているので、内閣支持率は維持される。レイは胸騒ぎがしている。過去の事例にないようなことが起きた時に、日本は対応できるのだろうか。レイの不安は大きくなっていた。

AIの活用によって、誰よりも安心しているのは首相だったが、他国から見ると、日本の首相は誰であっても構わなくなり、関心を持たなくなってしまった。関心を持たないだけなら良かったが、歴史的にどうしても日本の領土の一部を獲得したい大国にとっては、そのチャンスが到来していた。

その大国の出した結論はシンプルだった。

日本に北からゆっくり侵攻する、しかも誰も傷つけない、これだけだった。

北海道の最北端から徐々に陸上部隊を上陸させて進軍した。国際社会にまったく隠すことなく、停止命令を聞かず、ゆっくりと戦車で侵攻を開始している。

首相だけでなく、日本国民は信じられない思いだった。レイの悪い予感は当たってしまった。日本は物理的に侵攻されている。北から進軍する大国は、なぜ武力でもって北海道全域や本州を攻撃しないのか、不思議な現象でもあった。

 

臨時国会が開かれたが、過去の事例にないことが国会議員を混乱させて、AIを無力化していた。長い議論を経て、首相が主導する形で、自衛隊の派遣、そして専守防衛に限り武器使用することが認められた頃、意外な展開が起きた。大国は侵攻を完全に止めてしまった。北海道の北半分が侵攻された状態で、主要道路や空港は敵国の戦車が塞いでいる。

首相からは「レイとキムはどう思う?」と漠然とした質問が届いているが、戦争ともテロとも言えない状況を前に

「ここからの展開次第ですが、現状できることは外交的努力だけです」

こう答えるのが精一杯だった。

レイはこの展開に感心していた。不謹慎な話だが、大国が攻撃してくれた方が迷わず反撃できるし、国際世論も味方につけることができる。このまま大国が侵攻を止めてしまったら、日本は小鳥のように非難をするだけで、何もできないことを世界に知らしめているようなものだ。

大国が攻めてこないので、最前線に派遣された自衛隊は、どうしたら良いのかわからなくなっていた。戦車が向かってきたら迎撃する、戦闘機が飛んできたら対空砲と空中戦で迎撃する、地上戦では地の利を生かして反撃する。ここでもAIを駆使して、慣れない作戦を立案して戦場に向かった自衛隊だが、相手が攻めてこないことには何もはじまらない。

また臨時国会が開かれた。状況は複雑だ。すでに領土の一部を奪われている。敵軍は占領した地域で補給線を整えている。いつでも侵攻を再開できるはずなのに攻めてこない。よって、最前線の自衛隊も何もできない。自衛隊にとっては、目の前に敵軍がまとまって待機しているので、本能的に自分達のタイミングで一気に攻撃を仕掛けた方が勝算が高いと思えたが、臨時国会の判断を待つしかなかった。

「これで終わらないよね?」

レイはキムに聞いてみた。

「もちろん。大国にはゴールイメージがあるはずだ。日本国民はこういう展開に慣れてない。誰かが引っ張らないと」

キムも同じ考えのようだ。首相は「どう思う?」なんて聞いている場合ではないのだ。

レイとキムで、最善のシナリオを考えたが、今の日本にはかなり難しい状況に思えた。この状況を打破するためには、とにかく国民を引っ張るリーダーが必要だが、内閣支持率が自慢の首相に賭けるしか選択肢がない。この事実に絶望しそうだった。

臨時国会では、どのように奪われた領土を取り返せば良いか、ゴールが見えない議論が行われていた。いくら向こうから攻めてきたとはいえ、戦う意思のない戦車に攻撃しても良いものだろうか、論点はそこに集中した。

AIが「ステイ」の答えを出す理由は明白だ。前例がないこともあるが、憲法の縛りがあるので「ステイ」の一択しかない。

レイとキムは、首相から解決案を催促されている。

「こうなったら、ここが日本ではない前提で考えるしかないよ」

このキムの発案で、ヨーロッパをはじめ、侵略の歴史が多い諸外国の歴史と憲法に基づいてAIに判断させてみた。どの国の憲法に当てはめても結論は一緒だった。総力を尽くして敵軍を一掃する、という自衛隊の本能と同じ結論だった。

大国がいったん侵攻を止めただけに、緊急性が薄れてしまい日本国内の世論も割れている。何といっても犠牲が出ていない。

「黄色だ」

レイが言った。

「何のこと?」

キムが答えたが、すかさずレイは続ける。

「北海道が交差点になっている。敵軍が黄色で加速するのか、ブレーキを踏むのか、見極めなければならないってこと」

「またその話に戻るの?」

この状況でキムは笑っていたが、レイには別の思いがあった。このような微妙な状況、黄色信号のような状況において、情報を整理し、バランスを考えて最善策に着地させるのは、日本人の得意とするところではなかったのか。

「こっちはこっちで、ブレーキを踏んだら命取りになるかもね」

この日、大国が宣戦布告をしてきた。

30日後に、日本を全方位から侵攻するという驚くべき内容だった。レイは宣戦布告内容を改めて確認した。宣戦という言葉を使っているが、敵軍からは攻撃をしないらしい。北海道の一部をそうされたように、進軍によって領土を奪うつもりだろう。そして、日本が攻撃したら反撃するという、立場が反対になったような、おかしなオプション付きだ。北海道に集まっている自衛隊を、30日間で日本全国に再配置して、全方位から攻めてくる敵に対応しなければならない。

レイとキムは、30日後を見据えて敵を迎撃する作戦を考えることになった。どうやって敵軍を押し戻そうと考えていたが、まさかの宣戦布告だ。レイは、30日間という執行猶予の期間について、改めて考えを巡らせていた。大国は本気なのだろうか。

キムは「この30日間のうちに、先制攻撃をするべきだ」と断言している。

「少なくとも、日本の正義として奪われた領土を取り返すべきだよ。必要以上に戦争をする必要はない。犠牲は出てないんだから、領土さえ取り返すことができればゴールだ。国際社会に向けて、侵略に対して一歩も譲らない姿勢を見せなきゃダメだ」

レイには、キムの方がよほど首相に見えると感心してしまった。首相って普通はこうだよな、そう思わされた。

憲法改正しかない。

「黄色で立ち止まっている場合じゃない。AIに他国の憲法を当てはめたら速やかに先制攻撃の一択になる、この結果を国民に知らせるべきだ。首相に直訴しよう」

キムがレイに提案する。レイはそのストーリーに不安があった。他国の憲法がそうだから、という理由で国民投票を行って、憲法改正と先制攻撃に進展したとしても、日本という国の実体がますます弱くなる予感があった。

「日本の憲法って何なの?」

思わず声に出してしまい、キムを驚かせてしまった。

「キム、提案があるんだけど。確かに今の憲法では何もできない。だからといって、他国の憲法に従って判断すれば、日本の憲法は役に立たない飾りだったということになる。憲法とAIの鎧を首相に脱いでもらおう」

 

2人は首相官邸に向かい、内密に打ち合わせをする機会を得た。

「首相、結論から申し上げます。このタイミングで先制攻撃をしないと取り返しがつかないことになります」

レイの提案を、首相は黙って聞いていた。

「様々な他国の憲法に当てはめてみると、AIの答えは一択です。このタイミングで先制攻撃です」

「つまり憲法改正が必要ということか?」

首相が聞いてくる。

「そうです。難しいのは、このAIの判断は、他国の憲法を当てはめてシミュレーションを行った結果です。日本の憲法が邪魔になっている状況ですので、国民に対して論理的に説明できません。まさか、他国の憲法ならこうです、とも言えません。首相が感情を爆発させて訴えた方が確実に伝わります。北海道を取り戻そう、侵略は許さない、のような直感的な怒りを共有することが重要です」

「私が怒ったところで、国民が賛同してくれるだろうか?」

首相の問いにレイは答えた。

「多くの国民は、どうするべきか迷っているはずです。答えを必要としています。私にはその気持ちがわかります。国民に賭けましょう」

国民投票を行い、自衛隊が自ら武力を使えるように憲法改正を行うしかない。臨時国会では、首相を支持して憲法改正を推す議員もいれば、当然のようにNOを突き付ける議員もいて、一向に話が進まなかったが、首相が思い切った丸投げ案を出してきた。

「いったん衆参両院を通過させてしまって、国民に判断してもらおう」

このようにして、臨時国会では各党を説得することができた。その直後、国民に向けた会見で、首相は拳を振り上げた。

「国会で議論している猶予はない。いち早く国民投票で審判を仰ぎたい」

言いたいことだけ言って、一方的に話を終わらせてしまった。

これにはレイとキムは「首相なりに頑張っている」と苦笑するしかなかったが、30日間しかないことが幸いして、一気に国民投票が決まった。

 

世間では、この期に及んで「本当に大国は全方位から攻めてくるのだろうか?」という疑問の声が大きくなってきた。結局のところ、ここまで大国の侵攻による死者数はゼロ。領土を奪われ、街を追い出された市民はいるが、犠牲らしい犠牲はそのくらいだった。

「このままでは日本の歴史が終わってしまう。国民が一致団結して戦う時だ」

首相は懸命に訴えた。

楽観論者は「さすがに大国も、日本を潰すようなことはしないんじゃないか?」と言い、慎重な見方をする人は「むしろ日本が先に攻撃してしまったら、一斉に大国の総攻撃を受けることになるだろう」と考えはじめた。首相の訴えとは裏腹に、日本が侵略されるかもしれないという危機感は、加速的に薄まっていた。

国民投票の日になった。

日本は国防において、前に進むのか、立ち止まるのか大きな分岐点に立っている。

首相が軍服でカメラの前に立つ。

「いち早く北海道を奪還する案で進めたい。そのために憲法を改正して先制攻撃を行うべきだ」と最後の訴えを行った。選挙演説なんかより、よほど熱弁を連日繰り返すので、提案したレイから見ても、首相自身が本心で言っているような気がしてきた。

 

投票結果が明らかになった。

投票率22%、憲法改正案は国民投票自体が無効となった。ほとんどの国民は「決められない」という結論を出したことになる。

キムがレイの方を向く。

「完全にやられた。この状況を待っていたんだ。国民投票ができる充分な期間を与えることによって、憲法改正のチャンスを与える。国民投票を行うが無効。首相は国民に愛想を尽かす」

キムの言葉通り、首相は表舞台に出なくなった。国民は生活必需品を確保したり、内陸に移住したり、自分達のためにできることを始めている。

「黄色のままならいいのに。そう思っているんだろうな」

AIが投票結果を分析して、キムがデータをまとめている。このデータが何かの参考になれば良いのだが、首相も政策を投げ出してしまっており、未来の人々はここから学ぶことがあるだろうか。レイは笑ってしまった。これも大国の思惑通りだろう。負けだ。ゆっくりと日本を骨抜きにして内部崩壊させてしまえば、ぬるいバターを切るようにスムーズに侵略できる。

時間だけが過ぎていき、30日間の執行猶予期間が終わろうとしている。